導入事例・お客さまの声

「おたべ生産ライン」で安定した生産体制を確立 美十様

伝統のなかで進化を遂げる
 社風が生み出す自由な発想力

株式会社 美十 様 (京都市南区)

定番商品の「おたべ」(にっき) 1箱10個入り500円(税別) 定番商品の「おたべ」(にっき) 1箱10個入り500円(税別)
2016(平成28)年、京都府調べの観光入込客は約8741万人。観光消費額でみれば約1兆1447億円となり、4年連続で過去最高を更新している。その京都において、おみやげものと言えば、真っ先に名前があがる銘菓がある。つぶあん入り生八つ橋「おたべ」。1966年の発売以来50年以上、まさに京都のおみやげ菓子市場を牽引してきた人気ブランドである。1989年には弊社の「おたべ生産ライン」を導入いただき、安定した生産体制を確立。現在では3ラインを駆使し、月産(最大)500万個を生産する。また、2013年には、「おたべ」をひと口サイズに小さくした新商品「こたべ」を発売。こちらも生産ラインを新規導入いただいて、月産(最大)70万個を生産している。この「おたべ」シリーズを展開する株式会社「おたべ」様は、2015年に社名を株式会社「美十」に変更した。看板商品「おたべ」を冠した社名を変えてまで市場に示したかった企業像とは何か。年商82億円。京都を代表する菓子メーカーの将来に向けた取り組みをリポートした。

美十様京都工場には、見学通路が設けられており、つぶあん入り生八つ橋「おたべ」生産の一部始終が見られるようになっている。取材当日は、小学生の団体が見学に訪れていた。「おたべ」の自動生産に一同から「おもしろい!」との声があがる。美十様では、生産工程をオープンにするなど、お客さまに自社商品を理解してもらう努力をしている。これが「おたべ」ファン、「美十」ファンを増やす結果につながっているのである。

 
おみやげ菓子「おたべ」の誕生
株式会社 美十 本社・京都工場(店舗 おたべ本館併設)株式会社 美十 本社・京都工場(店舗 おたべ本館併設)京都府南区の本社工場に酒井宏彰社長を訪ねる。「いらっしゃいませ、ようこそ美十へ」。事務所を抜け、酒井社長のもとに向かう間に社員の皆さまから熱烈歓迎を受ける。同社は、観光都市京都を肌で感じさせてくれるおもてなしの精神に満ち溢れていた。
株式会社 美十
代表取締役社長 酒井 宏彰 様

創業者の孫にあたる3代目。製造業勤務を経て1992年に同社に入社(東京工場に勤務)。2001年から現職。「黒のおたべ」「京ばあむ」「こたべ」など新商品を次々にヒットさせる。2015年に社名変更を実施。
 
 
取材早々、銘菓「おたべ」の誕生ストーリーから聞いてみる。「わが社は、1946年に京都・河原町で菓子小売業を始めたことに端を発します。やがて、八ツ橋の製造販売に転じますが、当時30数件あった先輩企業のなかでは、完全に新参者でしたね。ほとんど販売のチャネルも埋まっていました。そんな中ひとつ大きな転機を迎えることになります。滋賀県の大津にヘルスセンターができまして、そこに出店することになったんです。販売する何か目玉商品がほしいと言うことで考えたのが、あん入りの生八つ橋『おたべ』だったんです。もともと生八つ橋は、八ツ橋を焼いて仕上げる前段階のものをお茶受けの菓子として食べていたものです。あん入りの商品も一部販売されておりました。ただし、すべて茶菓子として食べられていたもので、決して知名度の高いお菓子ではありませんでした。ここに商機があったのかも知れません。このやわらかくて幅広い年齢層に好まれるであろう茶菓子を最初からおみやげ菓子として売り出したんです。『おたべやす』からとった、ひらがな3文字『おたべ』のネーミングも、お菓子のやわらかさや親しみやすさを上手く表現できたのか、大津でもその後売り出した京都でも大変好評をいただいたんです」。
※美十様では焼いたものを「八ツ橋」、生のものを「八つ橋」と表記を分けてお使いになっています。

 
おたべ生産ライン (生産は季節商品「あきおたべ/栗と芋の生八つ橋」)

(写真①)薄いシート状に生地が吐出され、  (写真②)生地の仮面と上面にまぶした「きなこ」を均一にならす。
 

(写真③)生地の上にフィリングが吐出される。外3列は栗あん、内3列が紫芋あん。  (写真④)正方形に切れ目が入れられた生地の端を自動でつまみ、三角形に折っていく。
 

(写真⑤)きれいな三角形に折られた「おたべ」が出来上がる。  (写真⑥)パッケージに5個ずつ詰められる。 
 
定着のあとの徹底した差別化
「おたべ」の成功によって、あんの入った現在のタイプの生八つ橋は一躍京都のおみやげ菓子の主役になった。折しも、東海道新幹線の開通で人の行き交う量も増えたのに加え、移動時間が大幅に短縮されたことで、買ったその日に配ることも可能になるなど、当時日持ちが3日だった生八つ橋もおみやげ品として十分に価値を見出せたのである。時代の後押しもあって活況に沸いた生八つ橋市場。競合もひしめく中、美十様はいかなるやり方でトップを走り続けたのか、その疑問を解くカギは工場の中にあった。

案内してくれたのは、京都工場長の森川昌樹様。「こちら『おたべ』を生産するラインは、3ライン並んで稼働しています。一番奥が定番商品、真ん中が季節限定商品、手前が企画ものの商品です。この3ラインの使い分けで安定生産できるので、バリエーションが増えても常に計画的に生産できるんです」と森川工場長。そう美十様の強みはこの「おたべ」という商品ブランドで定番以外に数え切れないほどの季節商品、企画限定商品を展開していることだ。ここにお客さまを飽きさせない商品戦略と他社を圧倒する差別化戦略がある。今でこそ、駅などのおみやげ品売り場には、各社バラエティーに富んだ生八つ橋が並んでいるが、当初このバラエテイー化戦略をとれたのは、既存概念にとらわれない美十様だけだったのだ。機械にまかせたほうが良いところは徹底して合理化し、人間にしか出来ない企画力で独自性を発揮する。美十様に脈々受け継がれる考え方は、しっかりと商品に反映されている。
 
「こたべ」の発想
「こたべ」のコンセプトがつづられた店内ディスプレー「こたべ」のコンセプトがつづられた店内ディスプレーここにもうひとつ同社の企画力が生んだ人気商品がある。「ちいさいおたべ」をコンセプトにうたった「こたべ」。「おたべ」を約半分サイズに仕上げたものだ。
「おたべ」と「こたべ」。同社では「おたべ」をふた口サイズ、「こたべ」をひと口サイズとわかりやすい表現で説明する。「おたべ」と「こたべ」。同社では「おたべ」をふた口サイズ、「こたべ」をひと口サイズとわかりやすい表現で説明する。
 
「こたべ」1箱5個要り350円(税別)「こたべ」1箱5個要り350円(税別)「この『こたべ』という発想は、営業とデザインを担当する者とで企画を練りに練って商品化したものです。ひと口サイズにしたというだけではなく、おしゃれな小箱に入れて季節や企画によってさまざまなパッケージ展開が可能なものにしました。この小箱ひとつで立派なおみやげになるのがお客さまから好評をいただいている理由だと思います。『こたべ』は小さいだけにレオンさんの機械を使わないと採算のとれない商品ですね」。
売れ行きも上々な人気商品に酒井社長も思わず目を細める。
 
こたべ生産ライン (生産は定番商品「こたべ/抹茶」
2015年に導入いただいた「こたべ」生産ライン。「おたべ」の生産工程が小型商品の生産にも生かされたコンパクトなライン構成になっている。
 
 
 
「おたべ」から「美十」へ
 長年、同社の屋台骨を支えてきた「おたべ」だが、社名からその名は退いた。その真意についてあらためて酒井社長に聞いてみる。「当時は、生八つ橋『おたべ』が100%の商品構成でしたから、まさに商品名と社名が一致してお客さまもにもわかりやすかったんですね。ところが近年、成長戦略としていくつかの洋菓子ブランドを立ち上げたりして、商品構成もだいぶ広がってきたんです。洋菓子商品の「京ばあむ」(バームクーヘン)なども少しずつお客さまにも浸透していくなかで、商品と社名との相乗効果が薄れてきたんです。そこで将来的なビジョンを考えた時に、生八つ橋『おたべ』をつくっているメーカーという市場の固定観念から脱皮する必要があると思ったんです。『美十』という名前は、創業者が戦前に生業としていた純喫茶の名前で、まさに原点回帰の思いで社名といたしました」。それは、同社の決して「おたべ」の成功体験に頼るのではない、第2章のスタートを高らかに宣言するものであった。

京都工場に併設された店舗「おたべ本館」。駐車場には観光バスが乗り入れできるようになっており、連日多くの観光客が訪れる。 
 
「おたべ本館」2階では、生八つ橋の手づくり教室も開催されて多くの親子連れでにぎわっていた。同社は、商品への興味、理解、信頼を育んでもらおうという取り組みを積極的におこなっている。 
 
最後に美十様の未来像を聞いてみる。「お菓子に限らず『食』というテーマでさまざまなことに挑戦する会社を目指します。わが社は、冒頭に申しましたが、伝統を重んじる京都のなかでは新参者でした。だから自由にやれることをやろうという社風があったんです。昔も今もそこが強みですから」。おだやかな口調に決意をにじませる酒井社長。美十様の今後の展開からますます目が離せない。

つつむ No.152号 (2018年1月号)掲載
※文章内の表現・表記は、すべて取材当時のものです。
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